2013年5月15日水曜日

君を好きだった頃の事 その7


ヤスのアパートは、井の頭公園から5分くらいのところにあった。部屋に入ると美大生らしくポスターカラーやクロッキー帳などが積み重なっていた。奥の方からギターケースを出してきて、フタを開けると、中から出てきたのは、GibsonのLes Paulだった。

「これ、ギブソンじゃん・・・」
「そうだよ」
「これ、こわれてるって、どこが?」
「音が出ない」
「そんなの配線とか、ジャックの不良とか、そんなとこだと思うんだけど」
「直せるか?」
「・・・たぶん」

そういってケースから取出して、ジャラ〜ンと弾いてみる。チューニングは、くるっているけどネックの調子も悪くなさそうだ。

「これ本物だったら、すごく高価だと思うんだけど、ちゃんとプロに直してもらえば、ちゃんといい楽器に蘇ると思う。」
「そんなにいい楽器なのかな、このギブソンは本物だと思うんだけど」
「あのね、ギブソン、ってだけで、もうすごいの。それ以上のブランドはないの。レスポールと言えばギブソンなの。俺のはグレコだからレスポールじゃないの。そっくりだけど、圧倒的に違うの。そんなものを簡単にあげるとか言っちゃいけないの。」

「でも、フォークギターと勝手が違うし、ボケた色が気に入らないから、やっぱりお前に・・・」
「ボケた色って・・・これがレスポールの特徴で、サンバーストっていう塗装方法なの。何度も言うけど、これが直ったとしても、もらうわけにはいかない。第一、お金に困ったら質屋に行けば良い金になる」
「その手があったか」
「じゃ、しばらくお前に預けるから、好きに弾いててくれる?」
「それは、まあ、いいけど・・・」

その後は安いウイスキーをロックで割りながら、帰り際に酒屋で買った缶詰なんかをつまみにして、いろんな話をした。適度に酔ったところで、彼はまた奥から今度はアコースティックギターを引っぱり出してきて、ネックをつかみ、こちらに差し出した。「弾いてくれ」
「お前が弾くんじゃないの?!」
「俺はうまくない」
「うまくなくてもいいから、弾いてよ、弾いてるとこ見た事ないし」
「もう少しうまくなったら弾いてもいいけど、今日はあの歌が聴きたい」
「なに?」
「お前が部室で歌ってた、あの曲」
「そんな歌忘れちゃったよ」
「じゃあなんでもいい」
「・・・最近よく聴いてるレコード、RCの『雨上がりの夜空に』のB面に入ってるんだけど」

そして、ヤマハをつま弾きながら鼻歌のように「君が僕を知ってる」を歌う。
何も言わず聴き入っていたヤスが、いい歌だね、と言った。

それから後は何をやってもずっと、いい歌だ、と言いながら、コストパフォーマンスの高いオンザロックを飲んでいた。

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