2013年5月17日金曜日
君を好きだった頃の事 その9
クラスのマドンナをこの撮影をきっかけにモノにしようとしたのかどうかはしらないけど、ヤスも主人公を演じるシュウも、祐子をかなり意識していた。当然二人は恋敵のようになった。でもあっけなく勝負はついた。祐子には彼氏がいて、元々全く二人の事はアウトオブ眼中だったようで、その分気楽にこの映像制作に参加した。どちらかといえばビデオアートの方に興味があったらしい。恋のターゲットを失った二人の恋敵はときどき何かを言い合ったり、時にはとても仲良さそうにしていた。俺はと言えば、相変わらずの音楽三昧の毎日で、ビートルズのコピーバンドを組んだり、70’sアメリカンロックが好きな仲間と吉祥寺の「にしかいがん」というロックバーによく行くようになった。
撮影は順調に進んだ。シーンの合間には3人娘といつも大抵くだらない話をして、笑っていた。一緒に食事をしたり、喫茶店で打ち合わせしたり、少なくとも数ヶ月の間だけでも彼女たちとは、誰よりも気のおけない時間を共有できたし、ヤスや彼女たちと一緒に過ごす時間が好きになっていた。
クランクアップも間近のある日、その日は誰ともなく何度もNGを出したので、夜も遅くなってしまった。撮影終了後の帰り道をケイと歩く。
「私・・・なんか自信ない・・・」なんの脈絡もなくケイが言う。
「・・・?」
何も言わずケイを見た。ポニーテールをおろしている横顔がずいぶん大人っぽく見えた。
「泣きたい気分・・・」
「・・・?」沈黙があり、
「全然うまくできなくて、自己嫌悪」
「もしかして・・・」
「昨日、今まで撮影したところまでの仮編をみせてもらったんだけど、全然ダメ。立ち直れない」
「カリヘンって・・・ジミヘンとは違うよな」
「・・・」軽くスルーされて、
「私、二人のシーン、結構がんばったつもりなのに・・・それにくらべて祐子さんはやっぱり上手だし、どんどん気分が沈んで来ちゃって」
俺はギターを弾くシーン以外は適当に考えていて、みんなに会えるし楽しいからいいや、あとから編集でなんとかしてくれるんでしょ、と、高を括っていた。まったく不真面目きわまりないのはこちらの方だと逆に自己嫌悪に陥りそうなのをこらえる。
「俺はほとんど演技してないから・・・ギターを弾いて、ケイと吉祥寺を歩いて、祐子と高円寺のホームですれ違う・・・」
「でも、ギターは上手」
「芝居にはあまり関係ないし、ギターもそんなに上手なわけじゃない。それに、みんな素人なんだし、ケイが落ち込むことは無いよ。」
「こんな時、楽器が弾けたらいいなあって思う。」
「好きな音楽を聴けばきっと気分が変わる。今度カセットテープに録音してケイにあげる」
「え、ほんと?どんな音楽?」
「いろんなかっこいい音楽」
「うん、なんか、楽しみになってきた」
「よかった」
泣きたい気持ちから、少し復活した彼女の声に変わる。少しほっとする。
いつも陽気に話しかけてくるケイがはじめてみせる意外な部分に少し戸惑いながら、井の頭線の吉祥寺駅までの道。
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