2009年12月31日木曜日
寒い夜にほっとするひと時
今日の夜、豚汁を作った。特に変わったレシピでもないけど、里芋、大根、人参、牛蒡、椎茸、葱、野菜盛りだくさん且つシンプルに併せ味噌にてまとめてみました。美味しかった〜体がホッとするよ、これですなあ、日本人は、やっぱり。
夕べの朝まで生鶴瓶で直太朗がユーミンのひこうき雲を歌っていましたね。マーケットメリーでもよくやっているナンバーで、今日はライブバージョンでどうぞ。
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2009年12月30日水曜日
管話休題
そして今日聴いていたのはデオダートの「ツァラトゥストラはかく語りき」でありました。歌謡曲だフォークだロックだと言っていた中学生の音楽の授業の時に米田先生が聴かせてくれて、大層感銘を受けたのを想い出します。つまり音楽にジャンル分けは無意味であると思うわけであります。まあこのデオダートあたりから「クロスオーバー」「フュージョン」なんて言う言葉がでてきたわけだけど。マイルスのWE WANT MILESのあたりまで、こういう「管」のアレンジが時折すごく印象に残る時期もあったなあと思います。あと、クルセイダーズの名盤スクラッチとね。ネイティブサンという和製フュージョンバンドもよく聴いたな。
ナベサダのマイディアライフという曲のメロディーは秀逸だと思うし、管楽器にしか表現できない音階と音階の間のところがたまらないんだな。なんといってもトランペットやサックスを吹いている姿はほんとうにかっこいいと思う。
FMラジオで東京ジャズ2009を二日間にわたり12時間以上も特集してくれたので、充実したラジオライフを送っております。暮れはラジオですね。毎年聞き逃せないです。今は朝まで生鶴瓶見てるんだけどね。今年のつるべーは輝いてましたね、ディアドクターはアカデミー賞にノミネートされるかもしれないというし。深夜放送のDJをやってた頃は随分前だったけど、ミッドナイト東海という名古屋の番組でね。それが今や世界的なスターになろうとしてるんだから、面白い。フォーク好きのおじさんは実は偉大な落語家で、役者になったわけです。人間の可能性は果てしないではないか、今年もあと二日となりました。悔いのない時をおくりましょう。
2009年12月28日月曜日
気まぐれな風のように
年末ってば、こんな事を殊勝に想う事もありですかい?
今日は随分前に録音したハファダイという歌をひっぱりだしてみました。
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2009年12月27日日曜日
夢で中華饅
で、無性に肉まんが食べたくなる事にもあらがえないのです。嗚呼、本当に食べたくなってきた。中華街に行くのはちょっと面倒な場合、サンクスのホエー豚肉まんで我慢しましょう。これ、美味いんだよ。
中華街と言えば「北京ダック」でしょ。細野さんの大好きな歌をウクレレ&335で。
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2009年12月26日土曜日
感傷的な理由でもないが
全然関係ないが、何故かこの時期になると必ず聴きたくなるのがこの曲でありまして。
この時期にいろんな方と共演する事があると、この曲だけは必ず演奏してもらう事にしています。
335を弾いた、昨年のクリスマスのライブより「For sentimental reasons/Market Merry」メグ歌で。
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2009年12月24日木曜日
クリスマスキャロル
今日はこの一曲を。マーケットメリーのライブより。(やっとリンクの貼り方がわかった・・・)
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2009年12月23日水曜日
2009年12月20日日曜日
酒と肴と男とシネマ
2009年12月17日木曜日
公園のブルースおじさん
公園のゲートに自転車を置いて、中に入ると芝生広場の横のスペースにその音の奏者はいた。初老の男性が譜面台の前にイスを置き、ウクレレを弾きながらハーモニカを吹いている。ブルースハープではない!ハーモニカです。清く正しい21穴の正統ハーモニカ。譜面を見ながらウクレレで辿々しくコードを奏で、ハーモニカでメロディを吹いていた。その佇まいはさながらシカゴ辺りのブルースマンのようだった。やってる曲はハワイアンや日本の古い歌などが多かったけど、すごく新鮮で、じっと聴き入っていたら、子供を遊ばせていた主婦たちがゾロゾロと集まってきて何やら公園ストリートライブの様相を呈してきた。
4-5曲やって息が切れたのか、ちょっと休憩な感じの時におじさんに話しかけてみた。こんなに沢山の人が聞いてくれると練習できないなあといいながら、定年後、趣味を持ちたいと、ウクレレを習っていたんだけど、あんまりうまくならないのでハーモニカと一緒にやると誤摩化せるんじゃないかと思ってやり始めたそうです。21穴ハーモニカもキーがいろいろあるので、ケースにそろえていると言ってコレクションを見せてくれました。公園の子供たちも珍しそうにそのハーモニカを見ていた。
で、ブルーハワイを聴いて、おじさんに別れを告げました。日本にもいるんだなあ、ブルースマン。
あ、そういえば、れぼりゅーしょんのテイクをやり直してスローなバージョンにしたので、聴いてみてくださいね。ホワイトアルバムの感じにしたかったのです。URLはさっきのところに。
れぼりゅーしょん
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「わからないかな すべてはうまくいく」
2009年12月16日水曜日
今日は何をしても君の事ばかり
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2009年12月15日火曜日
今日の夜空に悲しい事なんて何もない
オリオン座のあたりをぼんやり見上げたら・・・見えたんです。流れ星。
4つもたて続けに。すごい!いい事あります様に・・・
いや、これがそもそもとてもラッキーな事だよな。
そんなわけで「ブルームーンの夜空に」ウクレレバージョンで。
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2009年12月12日土曜日
寒い話はちょっと苦手だけどさ
「はっぴいばあすでいでぃあ」
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はい、コピペね。(面倒かけるが、すまん)
この『でぃあ〜』というところは、洋楽の『デュワ〜〜』というコーラスを意識したんだけど(笑)ほとんど誰にも伝わらなかった・・・(あたりまえだ)自己満足でありました。
2009年12月11日金曜日
金曜日のウクレレ
今日は少し寄り道をして、ちがう風景を見ながら帰るとか、いつもとちがう服を着て出かける、とかそんな寄り道感覚でもありますね。ウクレレは。だいたいウクレレで儲けた人はいない、と言われてるくらい、不思議な楽器にもかかわらず、本当にたくさんのウクレレフリークが世界中に存在し、いつもどこかで演奏会が催されているのも事実で、片手間にしろ、本気マジモードにしろ、あの音色は万国共通言語なんだな。
週末にはウクレレを!
2009年12月8日火曜日
穏やかな冬になるといいなあ
また何かフレーズを思いついたら、速攻でプレイしてアップする所存であります。コピペで聴いてね面倒だけどさ。
さてそんなカラカラな日々なのです。おかけで、今年は冬でも心があったかいような。懐はかなりさぶさぶだけどね。まあ、今日はこんなところで失礼いたす。
2009年12月7日月曜日
Afternoon inst
夜になってコードを並べて曲らしきものを作る。こんな感じでしばらくポロポロと楽器と戯れながら曲を作るのも楽しい。
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タイトルは・・・そうだなあ・・・「午後」とか。(笑)
イーフラットナインスオーギュメンテッドフィフス・・・
ギターとウクレレは似ているようでかなり違う。と、思う。ウクレレというのは前にも書いた様に、3つ4つコードを覚えれば簡単に始められるので、とっつきやすい。でもその先に行こうとすると意外に壁が高い。壁を越えて、ソロでインストを奏でる様になると、俄然、面白くなる。
今日は「君の事ばかり」というオリジナル曲のウクレレアレンジを試みたのですが、元々ギターで作ったラグタイムの曲なので、キーはたまたまCだった。これが功を奏して、運指が楽なので、ギターではできなかったオーギュメントやディミニッシュを駆使してかなり新鮮な感じになった。
ちなみにウクレレだと「シーシャープマイナーセブンスフラッテッドフィフス」なんていう舌を噛みそうな落語のじゅげむの様なコード名でも簡単に指2本で押さえられるのです。ああ良かった。
2009年12月5日土曜日
どんな楽器と出会うのかも人それぞれ
先日アップしたコアロハのウクレレなんだけど、最近のモデルとは実はデザインが違うらしく、お前のコアロハは本物か?という疑惑が寄せられたので、そんなはずはないと調べてみたら、この形は初期の形で、コアロハが本格的にウクレレを作り始めた1996年から2年間のみ作られていた事が分かったのです。え〜そうだったのか、全然知らなかった・・・1999年に楕円のサウンドホールになり、1999年の後期におむすび形の三角ホールに変更され、現在のデザインになっているらしく、この正円のサウンドホールは実はレアものになっていたたわけだな、そうか〜・・・事実、コアロハのファンの間では既に重要なアイテムとして紹介されていた。GrecoのリアルプロジェクトのSA-1200といい、K.YAIRIといい、元々そんなに馬鹿高い楽器ではないけど、偶然にしろ、自分が過去に選んだ楽器が結構貴重なものになっていて、それなりに価値が認められている事は、ちょっと嬉しい・・・そしてそんな可愛い楽器たちを弾いている時間は、至福の時間でもある。峠の我が家をコロコロと弾いているのです。そうなんです。
2009年12月4日金曜日
ドアのへこんだ白いセリカについて
そーいえば、12月の雨、そんな歌があったなあ、と思いを馳せる。ユーミン。
遅く起きた朝、まだベッドで眠りたい。今にもあなたが白い息を吐き通りをわたって来る・・・そんな歌だった。そしてもう会えないだろう恋人を時が物語に変えるとしめくくる。アップテンポな曲調に反して切ない歌詞だった。ユーミンがこの歌をヒットさせていたのはまだ70年代だった。
ユーミンブランドというベストアルバムを、貯めたお小遣いで買った。まだそんなにLPなんて安くない時代。立体メガネのジャケットは衝撃的だった。そこに収録されているすべての楽曲が、キラキラと輝いていた。歌謡曲やフォークシンガーの時代からニューミュージックの時代がやってきた。歌の中にはメッセージはなく、お洒落なスタイルがあった。数学の問題が解けないと、レコードに耳を傾け、英文の解釈につまると、ラジオのスイッチを入れる、学生時代の燻りを見事に浄化させる気持ちのいいサウンドがそこにあった。おかげでどんどん数式は解けなくなり、グラマーは苦手になった。ティンパンアレイというバンドがはっぴいえんどから派生し、日本のポップミュージックカルチャーに大きな潮流の変化を起こしていた。「やさしさに包まれたなら」のアレンジなんてもう、すごすぎる。細野さんの音楽は今でもとても計算されていて、最近のライブにおけるアコースティックユニットでも、その周到さは健在だ。
今のユーミンのステージはそんなに張り切って観に行こうとは思わないけど、あの頃の楽曲はやっぱり時々無性に聴きたくなる。80年代では「よそゆき顔で」という曲が秀逸だ、と思う。よそゆき顔ですれ違うなら二度と逢わない方がいいのね・・・と歌われるそのメロディラインが大好きなもので、ユーミンベストを編集するときは必ず一番最初にこの曲を入れる事にしている。
できれば観音崎の歩道橋に立って、ドアのへこんだ白いセリカが下をくぐって行くのを見てみたいとも思うが、この歌が気になる理由はそこではなくて・・・
別れた男に対して、よそゆき顔して通り過ぎる事を恥じ入るなんてとても奥ゆかしいと思うんだけど、よそゆき顔ですれ違ったら、好きなだけ笑って、なんてユーミンはとても昭和な人だなあと思ったりしたのですな。マリッジブルーの女性のつぶやきを風景になぞらえて淡々と歌いながら、実は現実的な女性の性(さが)のようなものを際立たせている。
今の相手は堅い仕事と静かな夢を持った人。で、車のドアもへこんでないんだろうし、きちんとしてるんですね、だから、そんな手堅い結婚を選んでしまった私を笑っていいのよ、という複雑な女性心理を具現化した事でやっぱりユーミンって分かってるわよね〜という感じでOLの皆さんがレコードを聴いていたのでしょうか。
で、ユーミンソングのフェイバリットをもう一曲上げるとしたら、ラッサーサーヤンゲ〜かなー
2009年12月3日木曜日
冬だってハワイアンを聴いちゃう
今夜はHawaii's Golden Treasuresというハワイに行った時に宿泊したハレクラニのショップで流れてたCDを聴きながら、書き始めた。このCDは我が家の定盤で、とにかくゆったりとしたい時には、これに限る。「そこそこ」有名なハワイアンが「程々」に押さえたアレンジで並んでいる。
日本のテレビ番組で時々紹介されるハワイの音楽はスチールギターがかなり過剰で、ボーカルも結構力が入っていたりするので、鑑賞する側にはトゥーマッチな代物が多い。でも実際ハワイに行って聴くハワイの音楽はとても優雅で軽く歌っているのに伸びやかで、美しい。ギターとウクレレだけでとても厚い演奏に感じる事もある。むしろスティールギターはあまり見かけない。
そんな、自然な感じの録音がなされていて、ロコになった気分でこのアルバムを聴いていると心身ともにリラックスしてくる。この中の「ハセガワジェネラルストア」という曲は楽園といわれるハナという街にある実在するお店の歌で、いつか行ってみたいなあ、という気持ちになる。有名なお店なのでいった人は結構多いんだろうな。
マウイのロンギースで見た夕陽があまりにも奇麗で、そのシーンが頭に焼き付いている。今日はそんなまったりモードでありました。恙無く。
2009年12月1日火曜日
街はぱれえど
クリスマスキャロルが流れる頃には君と僕の答えもきっと出ているだろう。ってどんな答え?
知り合ってまだ間もない男女がクリスマスあたりにイベントを企てる時に、いろんなドラマが展開される。
自分自身も想い出すとこっぱずかしくなるような事が沢山あった。
で、この話は当時ずっと組んで仕事をしていた相棒が、徹夜を覚悟したイヴの夜、突然「帰って良いか?」
と真剣な目で訴えた事に始まる。まあ、相棒がクリスマスイヴの夜になにか退っ引きならない事情で仕事を
引き上げようとしているのは理解できたので、まあ、良いけど〜と、やや不機嫌になりながら彼を見送る。
彼はコートを抱え、オフィスを出ると、足早にタクシー乗り場に向かっていった。
彼の向かった先は・・・
『クリスマスイヴに某有名ジャズクラブのディナーショーを予約した彼は、まだ知り合って間もない彼女を待っていた』
願をかけてスパークリングワインを選び、その日一番のスペシャルメニューをオーダーし、まずは一人で
軽くハウスワインなどを嗜みながら、待っている。スペシャルライブがはじまるにはまだ少し時間がある。
彼は余裕で、ワイングラスを置くと、レストランスタッフに声をかけ、料理が冷めないように、
まだ待っててほしいと告げる。彼女が来てから、はじめたいので、と。
スタッフの女性は有名店ならではのとびきりのホスピタリティで、かしこまりました、と微笑む。
クリスマスの優雅なディナーはそういう大人の余裕が大事だ。開演10分前になると
程よくお酒がまわったカップルの楽しそうな会話があちこちから聞こえてくる。
彼の待ち人は未だ来らず。余裕の彼も少し時計に目をやりながら、気にし始める。
そろそろ料理をサーヴしないと、ライヴが落ち着いて鑑賞できない時間に・・・
スタッフがそれとなく彼に声をかける。前菜だけでもお出しいたしましょう。
そうしてください、と彼も答え、またしても完璧な微笑みがスタッフから。
彼のテーブルに前菜が用意された頃、演奏がはじまる。ピアノトリオに女性ボーカルでシンプルかつスタンダードな
極上のクリスマスチューンが続く。ホワイトクリスマス。セットリストは順調に消化され、もう半分くらいか。
彼の向かいの席にはまだ誰もいない。
アップテンポな曲が終わると、絶妙なタイミングでバラードがはじまる。キャンドルが揺れ
恋人たちの宴は最高潮に達する。その日何組の恋人たちが将来を誓い合っただろうか。
スタッフが時計に目をやり、彼に近づく。まだ、お待ちしますか?
え、ええ・・・。
わかりました。では、お待ちしましょう、と相変わらず極上の微笑みが返される。
アンコールが終わり、ステージライトが消え、足早に席を立つ客、ゆっくりと食事を進める人、
ライブの余韻を語り合う恋人同士、店内は喧噪に包まれる。
彼の前の席には誰もいない。
微笑みのスタッフが彼の前に。
どういたしましょう?
・・・言葉に詰まる男をみて、すべてを理解したように、スタッフが言う。
ま、まだ、お時間はございます。もう少し、お待ちしましょう。
うなずくのが精一杯の男。
その後、時間は刻々と過ぎて閉店30分前になる。さっきまで恋人たちで賑わっていた店内も人影まばらに。
当店のスペシャルメニューです、ぜひお一人様でも味わっていただきたいので、お出ししてもよろしいでしょうか。
彼はうなずき、遅いディナーがはじまる。たった一人だけの。
否、スタッフ全員の、完璧な微笑みに囲まれながら。
おわり
という話を、その翌日バツが悪そうに、でも笑いながら、自虐的に話してくれた相棒はとてもスタイリッシュな紳士です。
そして、とてもいい人です。いつもいろんな教訓を僕に与えてくれます。
2009年11月30日月曜日
旧友に捧ぐ(ふりして自分にエール)
あいかわらず、ミクシーとの相性が良くないようで、いろんな方からお知らせメールが届きます。でも、よくわからん!(笑)という訳で・・・気にしないで行きます。こんな時代に自分の立ち位置がわからなくなって、呆然自失に陥るくらいなら、やりたいようにやって、後悔しない道を行きたいと思うのです。いろんな事を諦めないで、自分の身の程を知った上で超えて行かねばならないのです。少なくとも今はそう思ってる、結構長い時間、燻っていたからな、忙しい仕事のせいにしてさ。そういう自分に言い訳ばかりするのは、いい加減にしよう。と思うのも今回が初めてではないんだけどさ。
30になる直前、やっぱり同じように自分と対峙していた事があって、思いを断ち切るために一人でグァム島に旅をした事があったんだけど、(なぜグァムだったのかは今はよくわからないんだけど(笑))バイクを借りて島を走り回って、地元のGeneral Storeにたどりついて、衝動買いをしたり、パセオベースボールパークで、マイナーリーグの試合を見たり、およそリゾートとは無縁の場所ばかり行ってた。そこで歌を作ったり、で、帰ってきて、やっぱりライブやるぞ〜ってBottom Line Japanにかけあって、初のワンマンをやったのを思い出す。あの頃はテレキャスターだったなあ・・・シンジはレスポールジュニアを唸らせていた。猫柳も元気だった。岡田君もまだビシッとドラムを叩いていた。
みんな、歳をとる。君も、僕も、猫も。みんな好きだよカレーライス・・・じゃなくって、歳をとるのは悪い事じゃない。問題はどうやって歳を重ねるかだ。訳の分からない事で悩んでいても始まらないのは、森進一に言われなくても分かりきっている。歩け歩け。走らなくても、自分のスピードで歩こ。
不景気だから何だ、お金がないから何だ。心はもっと自由でいてもいい。風潮に流されて自分を雁字搦めにするのは本当に時間の無駄だと思わない?
歌いたければ歌え!海外に行きたければ行けばいい。ヘタクソだっていい、ギターを弾こう!ウクレレを弾こう。ピアノを弾こう。クラリネットを鳴らそう。
傷ついたら癒されるまで眠るんだ。そして立ち上がるときを待つ。そして少しずつ歩きはじめればいい、のです。
’04山山堂と’09ストレガ
ついに、そんな時が来たのです。ユーチューブでラジオペペのライブ映像が観られます。今年の初夏、ストレガでやった時のものです。フォーキーな感じの曲を沢山やったんですが、あの日最後にやったオリジナルです。作ったのは20代の頃で、もう随分前なんだけど、その頃の淋しさとか、もの思う感じとか、フォークソングな感じとか(笑)出てると思います。この日は同級生が沢山集まってくれました。想い出深いライブとなりました。やっぱり名古屋のライブはなんだかHomeboundな感じがいいんです。これは実に個人的な事なんだけどね。
もう一つは2004年の覚王山と池下の間にある山山堂というお店でやったライブのリハーサルシーンです。この日は午前中まで雪が降っていた寒い日だったんだけど、美大時代の友人がはるばる訪ねてきてくれたり、マスターの奥さんが腕をふるった、その日だけの限定メニュー特製の「クスクス」をご馳走になったり、ライブが終わった後もリクエストに応えて「コーヒールンバ」を演奏したり、楽しかったな。その日お誕生日の方がいて、お店のマスターの奥さんがシークレットでケーキを用意して驚かせたり、そのタイミングで僕らもオリジナルの「はっぴいばあすでいでぃあ」という曲を演奏したり、盛り上がったのです。
http://www.youtube.com/radiopepe
2009年11月29日日曜日
旅立てジャック
コメントが書けないというメールをいただきましたので、デフォルト設定を少し変えてみました。また気楽に書き込んでいただければと思います。何か不具合があれば教えて下さいな。というわけで、本日も鍋パーティーに突入したいと思う。
僕のウクレレは、コアロハ。
ウクレレは可愛い。音も可愛い。
簡単に弾けそうな気がする。とりあえず、チューニングをしたら、一弦の3フレットを押さえてポロロンと奏でれば、Cのコードが奇麗に響く。次は4弦の2フレでAmに行く。それから、FとGを覚えれば4つのコードで、いろんな歌の伴奏ができる。そんな風にしてウクレレに入っていく。
4つのコードでもかなり楽しいんだけど、それぞれのテンションノートを加えていくと、その世界は一気に広がっていく。こんな小さな楽器でも、宇宙的な規模で表現の幅が広がるわけです。
はじめてウクレレを手にしたのは小学生の時に父親がぶらりと立ち寄った古道具屋の店先に置いてあったウクレレを見つけて何故か買ってくれたのが始まりだった。大した知識も無いのにコードだけは5.6個覚えて適当にフォークソングの歌本なんかを見ながら歌っていたのを覚えてる。ウクレレと一緒に写ってるコードブックは当時のもので(俺も相当物持ちがいいな)150円って書いてあります(笑)
今所有しているウクレレは10年くらい前に購入したもので、Ko.Alohaというメーカーのものです。メイドインハワイ。(ハワイでメイドカフェやってる人じゃないよ)木が乾いたのか、とてもふくよかな音がします。そしてとても弾きやすい。ギターをよく弾く人は楽器を持ち替えた時に一番気になるのがネックの握り具合だと思うんだけど、このコアロハのウクレレはそのあたりがとてもいい感じにフィットした。本当はハワイのハンドメイドといえばカマカというメーカーが有名で、実際にホノルルのダウンタウンにあるカマカの工場に行って弾いてみたりしたんだけど、やっぱり、コアロハを選んだのはネックの厚さとか握った感じがちょうど自分にぴったりだったという事につきる。
これはギターに関しても同じで、手があまり大きくない、というか指が短いのか(笑)そういう自分にはあまり厚くて太いネックは弾きづらいものが多い。とくにUSA産は手の大きなアメリカ人を基準に作っているので、日本人には微妙にそういうところがジャストフィットしていないわけで。
薄くて弾きやすいコアロハのウクレレはチューニングも比較的くるいにくい工夫がペグに施されているし、フレットもしっかりと打ってあって安定感がある。狭い部屋でポロンと奏でるだけでもうそこは陽の降り注ぐ常夏の島に。
あ、こんな事を書いていたらまたハワイに行きたくなった〜
オーディションはオークションより手強い
先週は本当にいろんな事があった。もう自分でも先週の出来事が、遠い昔の様に感じてる。
昨晩は50人ちかくのモデルさんをオーディションした。ひとり3〜4分で回したとしても膨大な時間だ。
広告の仕事はとにかく守備範囲が広くなる。お会いする業種の幅も半端じゃない。
そういえば、もう随分前になるが僕らがその頃手がけていた広告のオーディションに、ある新人タレントがやってきて、そのプロセスをある番組の中で流す、という企画があった。
その話はクライアント側から持ちかけられた。基本的にはオーディションというものは公開しない。(公開オーディションの様にそれ自体がプロモーションになっている場合は別だが)それにテレビが入ると企画に沿った選定を強いられるようで、公平な選定ができない可能性がある事を理由に一度はお断りしたが、いつもの様に、厳しく選定していただいていい、というので渋々テレビカメラがはいるのを許可した事がある。
モデルさんの中にタレントさんが入るとなんとなく違和感を感じる時がある。
モデルからタレントになる人も多い。
その時のオーディションでは、その新人タレントは明らかに「浮いて」いた。
でも某テレビ番組のために彼女はテンションを上げてやってきた。それに立ち向かうこちらも真剣だ。
オーディションは通常通り行われ、僕らは結論を出した。
翌週、オンエアされたその番組を観た。彼女がオーディションにのぞむまでの決意を語り、オーディションのときの注意事項を先輩タレントが教え、当日までダイエットに励む様子が紹介された。そして、僕らのオーディション会場に彼女が入り、質問に答えながら、彼女の受け答えと同時に、その後のインタビューでコメントを出してほしいと言われ、それにも渋々応える事にしたんだけど、そこはほとんどノーカットで使われてた。
つまり、オーディション風景からその後のコメントまで含めて結構な時間テレビに映ってたわけです。その週の電話はとにかくいろんな人からかかってきた。やっぱりテレビというのはすごく影響力があるというのを思い知らされた時です。しかもその番組はその週だけにとどまらず、次回につづく、なんて言う事になってしまったものだから・・・
結局、3週間にわたりその番組に出演する事になった。テレビ局からハイヤーが回され、それに乗って収録現場に行く。そんなこともその時にはじめて経験した。